「最近、歯ぐきが腫れてきた」
そんなとき、多くの方がまず思い浮かべるのは「歯周病」ではないでしょうか。
実際、歯周病は非常に身近な病気です。
2022年の厚生労働省「歯科疾患実態調査」では、4mm以上の歯周ポケットがある人の割合は成人全体で47.9%。年齢とともに増加する傾向がみられ、65~69歳では55.9%、70~74歳では56.4%でした。
歯周病の大きな原因となるのが、歯の表面に付着する細菌のかたまりである**プラーク(歯垢)**です。
プラークによって歯ぐきに炎症が起こり、歯周炎へ進行すると、やがて歯を支えている歯槽骨まで破壊されていきます。

ところが、
「歯ぐきが大きく腫れる=すべて歯周病」
というわけではありません。
実は、普段飲んでいる薬の影響によって歯ぐきが増殖することがあります。
これを、
「薬物性歯肉増殖症(薬剤性歯肉増殖)」
といいます。
今回は、
「どんな薬で起こるの?」
「歯周病とは何が違うの?」
「薬をやめないと治らないの?」
といった疑問について解説していきます。
〇薬物性歯肉増殖症とは?
薬物性歯肉増殖症とは、特定の薬を服用している人にみられることがある、歯ぐきが通常より厚く、大きくなる状態です。
薬の影響によって歯肉の線維芽細胞などの働きや、コラーゲンなどの細胞外基質の産生・分解のバランスが変化し、歯肉の組織が過剰に蓄積すると考えられています。
ただし、その詳しいメカニズムは現在でも完全に解明されているわけではありません。
典型的な場合には、歯と歯の間の歯ぐきから盛り上がるように増殖し、進行すると歯の一部を覆ってしまうほど大きくなることもあります。
一般的な歯肉炎では、赤く腫れて出血しやすい、柔らかい歯肉になることが多いのに対し、薬物性歯肉増殖症では比較的硬く、弾力のある歯肉としてみられることがあります。

ただし実際には、この2つがきれいに分かれているとは限りません。
薬によって歯ぐきが大きくなると歯磨きが難しくなり、そこにプラークがたまります。
すると、
薬による歯肉増殖 + プラークによる歯肉の炎症
という状態になります。
そのため、赤みや出血を伴った大きな歯肉の腫れとしてみられることも少なくありません。
〇どんな薬で歯肉増殖が起こる?
薬物性歯肉増殖症との関連がよく知られている薬は、大きく分けて次の3つのグループです。
●抗てんかん薬
代表的なのがフェニトインです。
商品名では「アレビアチン」「ヒダントール」などがあります。

フェニトインによる歯肉増殖は古くから知られており、薬物性歯肉増殖症の代表的な原因薬のひとつです。
ただし、同じ薬を服用しているすべての人に起こるわけではありません。
●カルシウム拮抗薬
高血圧や狭心症などの治療に使われる薬です。
代表的なものとして、
・ニフェジピン(アダラートなど)
・アムロジピン(ノルバスク、アムロジンなど)
・ジルチアゼム(ヘルベッサーなど)
・ベラパミル(ワソランなど)
などがあります。
なかでもニフェジピンは、以前から歯肉増殖との関連がよく知られています。

一方、現在非常によく処方されているアムロジピンでも歯肉増殖が起こることがあります。
高血圧は非常に患者数の多い病気ですから、歯科医院で遭遇する可能性のある薬物性歯肉増殖症として、カルシウム拮抗薬は特に知っておきたい薬のひとつです。
●免疫抑制薬
代表的なのがシクロスポリンです。
臓器移植後の拒絶反応を抑える目的や、自己免疫疾患などの治療に使用される薬です。
シクロスポリンは以前から歯肉増殖との関連が知られています。

現在使われている免疫抑制薬の中では、薬剤によって歯肉増殖の起こりやすさに違いがあり、たとえばタクロリムスではシクロスポリンより歯肉増殖が少ないことが報告されています。
〇薬を飲んだら必ず歯ぐきが腫れるの?
いいえ。
原因となり得る薬を飲んでいるからといって、全員に歯肉増殖が起こるわけではありません。
同じ薬を服用していても、ほとんど変化のない人もいれば、大きく歯ぐきが増殖する人もいます。
この違いには、
薬剤の種類、服用量や血中濃度、服用期間、遺伝的な体質、年齢、そして口腔内のプラークや歯肉の炎症
など、さまざまな要因が関係すると考えられています。
なかでも歯科で非常に重要なのが、
プラークコントロールです。
近年の研究でも、口腔衛生状態の悪さは薬物性歯肉増殖を悪化させる重要な因子として報告されています。
つまり、
「薬を飲んでいるから、歯ぐきが腫れるのは仕方がない」
というわけではありません。

原因となる薬を変更できない場合でも、口の中をできるだけ清潔に保ち、歯肉の炎症を抑えることには大きな意味があります。
〇歯ぐきが増殖すると、さらに歯磨きが難しくなる
薬物性歯肉増殖症で問題になるのが、
悪循環が起こりやすいことです。
歯ぐきが増殖する
↓
歯と歯ぐきの境目が磨きにくくなる
↓
プラークが残る
↓
歯肉に炎症が起こる
↓
さらに歯ぐきが腫れる
↓
もっと磨きにくくなる
という状態です。

歯肉が大きく増殖すると、見かけ上の歯周ポケットが深くなり、通常の歯ブラシだけでは十分に清掃できない場所が増えてきます。
そのため薬物性歯肉増殖症では、薬の問題だけでなく、同時に起こっている歯肉炎・歯周炎をコントロールすることが非常に重要なのです。
〇治療の第一歩は「薬をやめること」ではありません
ここは患者さんにぜひ知っていただきたいポイントです。
原因となっている可能性のある薬が分かったとしても、
自分の判断で薬を中止してはいけません。
高血圧、狭心症、てんかん、臓器移植後の免疫抑制などに使用されている薬には、全身の健康を守る重要な役割があります。
歯ぐきが腫れたからといって突然中止すると、むしろ重大な問題を起こす可能性があります。
歯科でまず行うのは、基本的にはプラークコントロールと歯周治療です。
患者さんのお口に合った歯ブラシや歯間ブラシ、フロスなどの使い方を確認し、歯科医院では歯石や自分では落とせないプラークを取り除いていきます。

2026年に報告された系統的レビュー・メタ解析でも、口腔清掃指導と専門的な機械的プラーク除去は、薬剤に関連した歯肉増殖の改善に重要であることが示されています。
〇薬を変更すると改善することもある
十分な歯周治療を行っても歯肉増殖が強く残る場合には、原因と考えられる薬について検討することがあります。
その場合、歯科医師から薬を処方している医師へ、
「別の薬に変更することは可能でしょうか」
と相談することがあります。
薬剤の変更によって歯肉増殖が改善する場合もあります。

ただし、薬の変更ができるかどうかは、患者さんの全身状態や治療している病気によって異なります。
薬を変更するかどうかを決めるのは、基本的にその薬を処方している医師です。
歯科医師が勝手に薬を中止したり、患者さんに自己判断で中止してもらったりするものではありません。
〇それでも歯ぐきが大きく残ったら?
プラークコントロールや歯周基本治療を十分に行い、必要に応じて薬について主治医と相談しても、大きくなった歯肉が残ることがあります。
特に線維性の組織が強く増殖している場合には、炎症が改善しただけでは元の形まで戻らないことがあります。
その場合には、
歯肉切除術などの外科処置
によって余分な歯肉を取り除き、清掃しやすい形態に整えることがあります。

ただし、原因となる薬を継続している場合やプラークコントロールが不十分な場合には、治療後に再び歯肉が増殖する可能性があります。
したがって、手術だけで終わりではありません。
その後も定期的な歯周管理を続けることが大切です。
〇「お薬手帳」は歯科でもとても重要です
歯科医院で、
「現在飲んでいる薬はありますか?」
と聞かれた経験があると思います。
これは単なる形式的な質問ではありません。
薬の中には今回紹介したように歯肉に影響するものだけでなく、
・口が乾きやすくなる薬
・出血に注意が必要な薬
・抜歯などの外科処置で確認が必要な薬
・骨の代謝に影響する薬
など、歯科治療に関係するものが数多くあります。
特に注意したいのは、歯科医院に長く通院している途中で新しい薬が追加された場合です。

最初にお薬手帳を確認していても、その後の薬の変更までは歯科医院側では分かりません。
「血圧の薬が変わった」
「新しい薬を飲み始めた」
「注射の薬を始めた」
という場合には、ぜひ歯科医院にも教えてください。
〇まとめ
歯ぐきが腫れる原因として真っ先に思い浮かぶのは歯周病ですが、飲んでいる薬が歯肉増殖に関係していることもあります。
特に、
フェニトインなどの抗てんかん薬、カルシウム拮抗薬、シクロスポリンなどの免疫抑制薬
は、歯肉増殖との関連がよく知られています。
しかし、
「薬が原因なら歯磨きしても意味がない」
ということではありません。
むしろ逆です。
薬物性歯肉増殖症ではプラークや歯肉の炎症が症状を悪化させるため、毎日のセルフケアと歯科医院での専門的なプラークコントロールが非常に重要です。
そして、もうひとつ大切なのが、
原因と思われる薬を自分の判断で中止しないこと。
必要があれば、歯科医師と薬を処方している医師が連携して、薬剤変更が可能かどうかを検討します。

「最近、急に歯ぐきが厚くなってきた」
「以前より歯が歯ぐきに隠れてきた」
「血圧の薬を飲み始めてから歯ぐきが腫れてきた気がする」
そんな場合には、単なる歯周病と思い込まず、現在飲んでいる薬が分かるお薬手帳を持って歯科医院で相談してみてください。
お口の状態は、お口の中だけで決まるものではありません。
全身の病気や普段飲んでいる薬まで含めて確認することが、安全で適切な歯科治療につながります。























