―実は小さな“ヒビ”が原因のことがあります―
「最近、奥歯が噛むと少し痛いんです。強くではなく、時々“当たり方”によってチクッと痛む感じで……」
歯科医院では、このような訴えをされる患者さんは決して珍しくありません。
虫歯も見当たらないし、見た目はきれいな歯なのに痛む——。
そんな症状の裏に潜んでいることがあるのが、歯のヒビ(クラック) です。
今回は「噛むと痛む」という症状の背景にある“歯のヒビ”について、患者さん向けにわかりやすく解説します。
■ 見た目は健康なのに痛みが出る理由
歯科医師が診察したところ、問題の歯は「上顎の4番(第一小臼歯)」。
この部位は噛む力の方向が複雑にかかるため、負荷によってヒビが入りやすい歯のひとつです。
歯科医師はこう説明します:
「小さなヒビが入っていますね。これが痛みの原因かもしれません。」
患者さんとしては、「見た目に問題がなくても痛むことがあるの?」と驚かれるかもしれません。
■ 永久歯の“細かなヒビ”は誰にでもある
歯科医師は続けてこう説明します。
「永久歯の場合、年齢とともにエナメル質に細かいヒビが入るのは普通です。」
エナメル質は非常に硬い組織ですが、
・食いしばり
・強い噛み込み
・夜間の歯ぎしり
・長年の咀嚼習慣
などによって、細かなマイクロクラックが生じます。
こうした“表面だけのヒビ”は、実は多くの人に存在し、通常は痛みを引き起こしません。病気でもありません。

■ 痛むヒビとは「象牙質に到達したヒビ」
痛みが出るのは、ヒビがエナメル質だけでなく 象牙質に入ってしまった場合 です。
象牙質には無数の象牙細管があり、その奥には神経(歯髄)があります。
ヒビが象牙質に達すると、噛んだ刺激が細管を通じて神経に伝わり、“一瞬の痛み” を感じるようになります。
患者さんはこう尋ねます。
「ヒビが進むと良くないのですね?」
歯科医師はこう答えます。
「そうなんです。ヒビが深くなると、歯が真っ二つに割れてしまうことがあります。」

■ 深いヒビは歯を救えないことも
歯が大きく割れると、残念ながら治療では元に戻せません。
これは 歯根破折 と呼ばれ、歯科医療でもっとも保存が難しいトラブルのひとつです。
割れた歯を接着しようとしても、
・噛む力が強く再び割れやすい
・細菌が割れ目から侵入し続ける
といった理由で治療が成立しません。
そのため 深いヒビ=抜歯の可能性が高い状態 となります。

■ ヒビの深さを診断することは困難
患者さんが心配して尋ねます。
「私のヒビは象牙質まで達しているのでしょうか?」
これに対し、歯科医師はこう答えます。
「残念ながら、それを正確に確かめる方法がほとんどありません。」
なぜなら——
● レントゲンでは“細かいヒビ”は見えない
レントゲンは骨や根の状態を見るには優れていますが、
エナメル質や象牙質の小さなヒビまでは映りません。
● 映るレベルのヒビはすでに「大きく割れている」
もしレントゲンに写るほどの線があれば、それはすでに“破折”レベルの重症で、治療は難しい段階と言えます。
● CTでも限界がある
CTは立体的に見ることができますが、象牙質内部の微細な亀裂までは見えないことがほとんどです。
そのため、症状から推測せざるを得ない というのが現実です。

■ では、ヒビの進行を防ぐ方法は?
患者さんは「何か手立てはありますか?」と尋ねます。
歯科医師はこう説明します。
「歯を少し削って小さくし、金属などの硬い素材で全体を覆ってしまう方法があります。」
これは クラウン(被せもの)治療 です。
● クラウンの目的
- ヒビが広がらないよう“外側から補強”
- 噛む力を分散し、負担を減らす
- 破折を予防する
つまり “歯を小さくする犠牲”と引き換えに、“割れない安心”を手に入れる治療 です。
患者さんは「そこまでやる必要があるのか?」と不安になります。
これはまさに正しい疑問で、歯科医師も慎重になるポイントです。

■ 決断が難しい理由
クラウンは優れた治療ですが、
- 歯を削る
- 費用がかかる
- 一度削ると元には戻せない
というデメリットもあります。
また、「噛むと痛む=ヒビ」とは限りません。
噛む痛みの原因には——
- 食片圧入
- 歯根膜炎
- 噛み合わせの問題
- 堅いものによる一時的な打撲
- 歯周病
- 顎関節の問題
- 上行性歯髄炎
など、複数の可能性があります。
そのため歯科医師はこうまとめます。
「患者さんも歯科医師も決断しきれず、まずは様子を見るというケースが多いですね。」
■ まとめ:噛むときの一瞬の痛みは“ヒビ”のサインかもしれない
噛むときに「時々チクッと痛む」という症状は、
見た目ではわからない 歯のヒビ(クラック) が原因のことがあります。
しかし——
- ヒビは診断が難しい
- 進むと抜歯になる
- 予防策としてクラウンがあるが、犠牲も大きい
- 他の病気と区別がつきにくい
という点から、治療方針を決めるのは容易ではありません。
だからこそ、
- 症状の経過をよく観察する
- 噛むときの痛みの頻度や強さを伝える
- 定期検診を受ける
といった行動がとても大切です。
「噛んだときだけ痛い」という小さなサインが、大きなトラブルを防ぐ第一歩になります。






















