―見逃されやすく、治療も難しい“静かに進む歯の炎症”をわかりやすく解説―

「虫歯が深くないのに歯がしみる」「レントゲンにはほとんど虫歯が見えないのに痛む」
こうした症状の裏に潜んでいることがあるのが 上行性歯髄炎(じょうこうせいしずいえん) です。

一般的に歯髄炎(神経の炎症)は“虫歯が深く進行した結果、歯の神経に細菌が到達する”という 下行性ルート を想像しがちですが、上行性歯髄炎は異なるメカニズムで発症します。
この違いが、診断と治療を難しくしている大きな要因です。

この記事では、上行性歯髄炎の成り立ち・症状・治療の難しさについて、患者さん向けにわかりやすく説明します。


■ 上行性歯髄炎とは?

通常の歯髄炎は「虫歯 → 象牙細管 → 歯髄」へと細菌が侵入する“上から下へ”の流れです。
これに対して 上行性歯髄炎は、歯根の先(根尖)や歯周組織側から炎症が逆流して歯髄へ広がっていく状態 を指します。

◆ 上行性歯髄炎の主な原因

  • 重度歯周病
    歯周ポケットが深くなると、根の側面にある象牙細管から細菌が入り込み、歯髄に炎症が波及する。
  • 歯根破折やクラック(亀裂)
    歯の側面から細菌が侵入し、歯髄側に炎症が伝わる。
  • 深い楔状欠損やアブフラクション
    永続的な咬合性ストレスで歯の側面に微小なダメージが生じ、そこから細菌が歯髄に到達することがある。

これらは、どれも“歯冠側からの虫歯”とは関係がありません。
むしろ 歯が比較的きれいな状態でも起こりうる のが最大の特徴であり、診断を難しくさせます。


■ 上行性歯髄炎はなぜ見逃されやすいのか?

上行性歯髄炎は以下の理由で診断が非常に難しいことがあります。

① 虫歯が見当たらない

多くの患者さんは「虫歯がない=歯髄は大丈夫」と思いがちですが、上行性歯髄炎は歯冠側に原因がないため、見た目は健康そうな歯のことが多いです。

② レントゲンにも大きな異常が映らないことが多い

初期の段階では根尖側の変化が非常に小さく、デンタルやパノラマだけでは診断に限界があります。
歯根の側面から進行するため、CT(CBCT)でようやく分かるレベルのことも多い です。

③ 症状が多彩で、時に歯周病の症状と混同される

  • 噛むと痛い
  • 冷たいものがしみる
  • 歯ぐきが腫れる
  • 歯が浮いた感じがする

など、歯周病や咬合性外傷、根尖性歯周炎と混同されやすいです。

④ 痛みの原因部位が特定しにくい

歯の神経の痛みは“関連痛”が強いため、同じ側の別の歯が痛むように感じることがあります。
とくに上行性歯髄炎では、炎症の出口が歯周組織側の場合、症状が外に逃げるため典型的な歯髄炎の激痛が出ないケースもあります。


■ 上行性歯髄炎の治療はなぜ難しい?

① 原因の除去が難しい

上行性歯髄炎の原因は、歯周病・根面からの細菌侵入・クラックなど多岐にわたります。
どれが主因なのかを見極めるのが難しいため、治療方針の決定に慎重さが求められます。

② 根管治療だけでは治らないことがある

下行性の歯髄炎は、原因となった虫歯を取り除き、根管治療で細菌を除去すれば治ることが多いですが、上行性歯髄炎は事情が異なります。

歯根側から細菌が入り続けている限り、根管治療を行っても再感染が起こりやすい のです。

特に以下のようなケースは治療の成功率が下がります:

  • 深い歯周ポケットが存在する
  • 垂直性骨欠損がある
  • 歯根破折やクラックが疑われる
  • 根面の象牙細管が露出している
  • 根尖病巣の慢性化

これらは物理的に“入り口”が存在する状態であり、根管治療単独では改善しないことがあります。

③ 歯周治療との連携が必須

多くのケースで歯周病が関連しているため、

  • プロービング
  • デブライドメント
  • 歯周外科
  • 咬合調整

などを組み合わせて治療する必要があります。

これには時間がかかり、患者さんにも根気強い通院が求められます。

④ 最終的に抜歯になるケースもある

特に 歯根破折や深いクラックが原因の上行性歯髄炎 は、治療の成功率が極めて低く、根管治療や歯周治療を行っても治らない場合があります。

この場合は抜歯が合理的な選択となります。


■ 上行性歯髄炎を防ぐためにできること

  • 定期的な歯周病検査(ポケット測定)
  • 適切な咬合チェック
  • クラックの早期発見
  • 歯ぎしり・食いしばりへの対処(マウスピース)
  • 歯周病治療の継続

特に歯周病の進行は “痛みなく進む” ため、上行性歯髄炎のリスクを下げるには 定期検診が最重要 といえます。


■ まとめ

上行性歯髄炎は虫歯だけで起こるものではなく、
歯周病・クラック・根尖側の感染など、多方向から生じる炎症が歯髄へ逆流して発症する特殊な歯髄炎 です。

診断が難しく、治療も一筋縄ではいきません。
だからこそ、「痛みの原因が分からない」「虫歯がないのに痛い」という場合は、早めの診察が重要です。

歯が見た目にきれいでも、内部で炎症が進んでいることがあります。
歯周病管理と早期診断の両方が、上行性歯髄炎の予防につながります。