「治療中に顔が真っ白になった」「麻酔を打ったら片側の頬の色が急に変わってびっくりした」──そんな経験をされた方、あるいはご家族が診療台の横で心配そうにされたことがあるかもしれません。
特に、上顎の奥歯(臼歯)あたりの治療で局所麻酔をしたときに、顔の片側だけが急に白くなったように見えることがあります。こうした現象を目の当たりにすると、誰でも「何か重大なトラブルでは?」と不安になりますよね。
でも、ご安心ください。このような一時的な顔面の蒼白(顔が白くなる)は、多くの場合、生理的な反応のひとつで、特に治療を中止したり、大きな処置を加える必要はないものです。
この記事では、その理由やメカニズムをわかりやすく解説していきます。
上顎の奥歯の麻酔はどこに打つの?
まず、上顎の臼歯(奥歯)に麻酔をする場合、多くの歯科医師は「後上歯槽神経」や「上顎結節」に麻酔液を浸透させるような方法をとります。
この部分は非常に血管が豊富で、血管のすぐ近くに麻酔が入ることで、血流に直接作用することがあります。
さらに、麻酔薬には通常「血管収縮薬(アドレナリンなど)」が含まれており、これが一時的に血管をキュッと縮める作用をもたらします。これが、顔の片側だけが「白っぽく」見える理由です。

顔が白くなるのはなぜ?
顔面の皮膚は毛細血管が豊富です。ふだん私たちの顔色は、この毛細血管を流れる血液の色によって自然な赤みを帯びています。
ところが、歯科麻酔に含まれるアドレナリンなどの血管収縮薬が周囲の血管に作用すると、一時的に血流が減少し、見た目に「白く」なるわけです。
これは「血が引いた」というより、「血流が一時的に少なくなった状態」。つまり、一種の生理的な防衛反応とも言えるものです。
「でも、麻酔でこんなに変わるの?」──驚かれるのも無理はない
実際、患者さんご本人は鏡を見ていないので自覚はなくても、付き添いの方が「えっ、片方だけ顔色が違う」と驚くケースが少なくありません。
また、医師や衛生士から説明がなければ、「麻酔で血の気が引いた」「ショックを起こしてるんじゃ?」と不安になる方もいらっしゃいます。
ですがこの現象は、**ほとんどの場合、数分から十数分で元に戻ります。**しかも、痛みやしびれ、動悸などの他の症状を伴わない限り、基本的には心配いりません。

危険な症状ではありません
このような「一時的な顔面蒼白」は、歯科医師の間ではよく知られていることで、特に治療中に対処が必要となるような「異常事態」ではありません。
もちろん、以下のような症状が併発していれば、別の対応が必要になる場合もあります:
- 強いめまいや吐き気
- 意識の低下
- 冷や汗や呼吸困難
- 動悸が激しい
こうした場合は、「迷走神経反射」や「アレルギー反応」など、別のメカニズムが関与している可能性があるため、医師の判断のもと適切に対応されます。
しかし、「顔色だけが白くなる」だけで他の症状が見られない場合は、まったく心配のない現象なのです。
「キューンの貧血帯」って本当にあるの?
ネットや一部の歯科関係者の間では、この顔の白さを「キューンの貧血帯(Kühn’s anemia zone)」と呼ぶという話も見かけます。
しかしながら、「キューンの貧血帯」という名称は、正式な医学・歯科学用語としては定義されていないようです。
おそらく、歯学教育の現場で使われていた俗称や口伝的な表現かもしれませんが、論文や教科書にはほとんど登場しません。
したがって、「キューンの貧血帯」という言葉はあまり正確ではなく、「麻酔薬による血管収縮にともなう一時的な顔面蒼白」という表現がより適切です。
心配しすぎないで大丈夫です
治療中に顔が白くなると、医療者としてもつい気になって説明したくなるものですが、多くのケースで患者さんには**「まったく問題ありませんよ」**とお伝えしています。
実際、これは麻酔が効いている証拠でもあり、想定内の反応なのです。
もちろん、不安があればいつでも歯科医師にご相談ください。「顔が白くなったけど大丈夫?」と聞いていただければ、医師も安心して説明できることでしょう。
まとめ
- 上顎奥歯の治療で麻酔をすると、顔の片側が一時的に白くなることがあります。
- これは、麻酔薬に含まれる血管収縮薬による一時的な血流低下が原因です。
- 危険な状態ではなく、多くの場合すぐに元に戻ります。
- 「キューンの貧血帯」という言葉は俗称的であり、医学的には一般的ではありません。
- 患者さんはあわてず、「そういうこともあるんだな」くらいの気持ちで大丈夫です。
歯科治療は誰にとっても少し緊張するもの。でも、**身体の反応には意味があり、多くは自然に回復するものです。**これを知っているだけで、次回の治療がぐっと楽になるかもしれません。
どうか安心して、笑顔で歯医者さんにいらしてくださいね。