―なぜ斜め・横向きに埋まるのか
歯科医院でレントゲンを撮影したとき、
「親知らずが横向きに埋まっていますね」
と言われた経験のある方は少なくないと思います。
レントゲンを見ると、本当に親知らずが真横を向いていることがあります。
そこで、
「どうしてこの歯だけ横向きに生えてきたの?」
「親知らずって、そもそも変な方向に生える歯なの?」
と思うかもしれません。

しかし、親知らずは最初から横向きに生えたいわけではありません。
実は親知らずも、条件が整っていれば他の奥歯と同じように起き上がり、口の中に萌出する可能性があります。
では、なぜ横向きや斜め向きのまま止まってしまうのでしょうか。
今回は「親知らずが生える方向」について考えてみましょう。
〇そもそも「親知らず」とは?
親知らずの正式名称は第三大臼歯です。
前から数えると8番目にある歯なので、歯科医院では「8番」と呼ぶこともあります。
永久歯の奥歯は、
6番:第一大臼歯
7番:第二大臼歯
8番:第三大臼歯(親知らず)
という順番になっています。
6番は一般的に6歳前後に萌出するため「6歳臼歯」とも呼ばれます。
その後、12歳前後になると7番が萌出してきます。
ところが8番、つまり親知らずはかなり遅れて発育・萌出します。
一般的な萌出時期は10代後半から20代前半ごろです。

17~21歳ごろが典型的な時期とされていますが、個人差はかなり大きく、もっと遅れて萌出する人もいます。
つまり親知らずは、永久歯列の中で最後に登場する歯なのです。
〇親知らずには「場所取り」という問題がある
ここが今回のお話で一番重要なところです。
下顎の親知らずが生えるためには、
7番の後ろと下顎枝の前縁との間
に十分なスペースが必要です。
この部分を**retromolar space(臼後部のスペース)**といいます。
ところが親知らずが萌出するころには、すでに6番と7番は歯列の中に並んでいます。
親知らずから見れば、
「さて、自分もそろそろ出ようかな」
と思ったころには、
「あれ?出る場所がない……」
ということが起こるわけです。
下顎智歯の埋伏については、このretromolar spaceの不足が重要な要因の一つとして知られています。

〇実は親知らずは途中で向きを変えている
ここは意外と知られていないところです。
子どもから成人になるまで親知らずがずっと同じ角度で存在しているわけではありません。
親知らずの歯胚は、発育しながら位置や角度を変化させます。
特に下顎の親知らずでは、発育の途中で斜めになっていること自体は珍しいことではありません。
その後、下顎の成長や歯根の形成などに伴って次第に起き上がり、条件が整えば他の奥歯と同じような方向に萌出してきます。
古くから行われている経年的な研究でも、発育中の下顎第三大臼歯は下顎骨や隣接歯に対する角度を変化させながら萌出していくことが確認されています。

ですから、
「斜めに作られた歯だから、そのまま斜めに生える」
という単純な話ではありません。
〇場所があれば「起き上がる」ことがある
ここで重要なのが、先ほどの「場所」です。
親知らずの前には7番があります。
後ろには下顎枝があります。
この間に十分なスペースが確保されれば、発育途中で傾いていた親知らずが徐々に起き上がり、萌出できる場合があります。
逆にスペースが不足していると、
起き上がりたくても起き上がれない
ということが起こります。
その結果、
・少し斜めになった「近心傾斜」
・かなり斜めになった状態
・ほぼ真横を向いた「水平埋伏」
などの状態になることがあります。

つまり横向きの親知らずを、
「最初から横向きに生えようとした歯」
と考えるより、
「萌出する途中で十分に起き上がれなかった歯」
と考えた方が実態に近いケースがあるのです。
〇では、なぜ親知らずの場所が足りなくなるの?
ここで「現代人は顎が小さくなったから親知らずが生えなくなった」という話を聞いたことがある方もいると思います。
これは全く根拠のない話ではありません。
人類の食生活は長い時間をかけて変化してきました。
食物を加熱する、細かくする、加工するなどによって、昔と比較すると強い力で長時間噛まなければならない食品は少なくなっています。
成長期の顎顔面の発育には遺伝だけでなく、咀嚼を含む環境要因も関係すると考えられています。
そのため、食生活や咀嚼負荷の変化が人類の顎顔面形態の変化に関係し、結果として親知らずの萌出スペースにも影響している可能性があります。

ただし、
「江戸時代以降、日本人が硬いものを食べなくなったので顎が小さくなり、親知らずが横向きになった」
と単純に説明するのは正確ではありません。
親知らずの埋伏には、食生活だけではなく、
遺伝的な顎顔面形態、下顎の成長方向、歯の大きさ、親知らずの歯胚の位置や角度、下顎枝の形態、7番との位置関係
など、さまざまな要因が関係しています。
〇顎の成長が終わったら、もう親知らずは動かない?
これも少し注意が必要です。
「親知らずが出てくるころには顎の成長が終わっているから、もう場所が増えることはない」
と思われがちですが、必ずしもそうではありません。
下顎枝では成長に伴って骨の吸収と添加、つまり骨のリモデリングが起こります。
そのため7番の後ろのスペースも、成長に伴って変化します。
また、親知らず自身の角度も変化します。
そのため10代後半のレントゲンで斜めになっていた親知らずが、その後少しずつ起き上がってくることもあります。

反対に、十分なスペースが形成されなければ、そのまま7番に引っかかってしまう場合もあります。
近年のCT・CBCT研究をまとめたレビューでも、下顎臼後部のスペースには個人差が大きく、骨格的な形態など複数の要因が関係することが示されています。
〇歯を抜くと親知らずが生えてくることもある?
これも興味深い現象です。
例えば矯正治療などで前方の歯を抜歯すると、その後の歯の移動によって親知らずの前方にスペースができることがあります。
すると、それまで斜めになっていた親知らずが起き上がったり、萌出しやすくなったりする場合があります。
実際、矯正治療について調べたsystematic reviewでは、抜歯を伴う治療群で第三大臼歯の萌出率やretromolar spaceが増加する傾向が報告されています。
ただし研究の質には限界があるため、「前の歯を抜けば必ず親知らずが生える」という意味ではありません。

それでも、この現象は、
「親知らずの方向には、萌出できるスペースが大きく関係している」
ことを理解するうえで、とても分かりやすい例だと思います。
〇「日本人だから横向きになる」とも言い切れない
頭蓋骨や顎顔面の形態には、集団による違いがあります。
しかし、
「欧米人は顎が長いから親知らずが生える」
「日本人を含むアジア人は顎が短いから横向きになる」
と単純に分類することはできません。
実際には同じ集団の中でも個人差が非常に大きく、その人自身の骨格や下顎枝の形態、歯の大きさ、retromolar spaceなどが重要です。

したがって歯科臨床では、「何人だから」という考え方よりも、
「この患者さんの7番の後ろに、8番が萌出できるだけのスペースがあるのか」
を見る方が実際的です。
〇横向きの親知らずは必ず抜かなければならない?
ここまで読むと、
「では横向きなら全部抜いた方がいいの?」
と思われるかもしれません。
これは別の問題です。
横向きや斜め向きに埋まっているという理由だけで、すべての親知らずを同じように扱うわけではありません。
親知らずの周囲に炎症を繰り返している、7番との間に汚れが入り虫歯や歯周病の原因になっている、隣の歯に悪影響を与えている、嚢胞などの病変が認められる、といった場合には抜歯を検討することがあります。
一方、骨の中に完全に埋伏し、周囲に問題を起こしていない親知らずでは、位置や年齢、将来のリスクなどを考えながら経過観察する場合もあります。

つまり、
「横向き=即抜歯」
という単純なものではありません。
〇まとめ
下顎の親知らずが横向きになっているレントゲンを見ると、
「ずいぶん変な方向に生えてしまったな」
と思うかもしれません。
しかし親知らず自身からすれば、少し事情が違います。
親知らずは永久歯の中で最後に登場します。
発育の途中では斜めになっていることもあり、下顎の成長や歯根形成などに伴って角度を変えながら、条件が整えば徐々に起き上がって萌出します。
ところがそのころには、前には7番、後ろには下顎枝があります。
起き上がるための十分なスペースがなければ、そこで行き止まりになってしまいます。

その結果が、私たちがレントゲンでよく見る「斜めの親知らず」や「横向きの親知らず」なのです。
ですから横向きに埋まった親知らずを見たときには、
「この歯は最初から横向きに生えたかったのではなく、起き上がる場所が足りなかったのかもしれない」
と考えてみると、親知らずの見え方が少し変わってくるかもしれません。























