私たちの体は、心と密接に関係しています。特にストレスや心理的な要因が身体に影響を与える「心身症(しんしんしょう)」という概念は、医学や心理学の分野で広く知られています。その中でも、歯科の領域で注目されているのが「歯科心身症(しかしんしんしょう)」です。
この記事では、歯科心身症とは何か、どのような症状があるのか、原因、診断方法、そして治療法について詳しく解説します。歯や口のトラブルで悩んでいる方にとって、新たな視点を提供できれば幸いです。
歯科心身症とは?
歯科心身症とは、歯や口腔の症状が医学的にはっきりとした原因が見つからないにもかかわらず、強い痛みや不快感を訴える状態を指します。つまり、口の中には異常が見られないのに、患者さんは確かに症状を感じており、それが生活の質を大きく低下させているのです。
このような症状は、ストレス、抑うつ、不安などの心理的な要因と密接に関係しており、単なる歯の病気とは一線を画します。

よくある症状
歯科心身症で見られる主な症状には、以下のようなものがあります。
- 非定型歯痛(ひていけいしつう):歯に明らかな虫歯や炎症がないのに、持続的な痛みがある
- 舌痛症(ぜっつうしょう):舌に異常がないのに、ヒリヒリ・ピリピリとした痛みや灼熱感を感じる
- 顎関節症(がくかんせつしょう):あごの痛み、口が開きにくい、関節の音が鳴るなどの症状が慢性的に続く
- 口腔内異常感症:口の中が常に乾いている、味がおかしい、粘つくなどの違和感がある
- 咬合違和感症候群:噛み合わせが合わないと感じ続ける(実際には問題がない)
これらの症状は、歯科医院を何件回っても原因がわからない、治らないということが多く、患者さんを精神的にも追い詰めてしまうことがあります。
原因と心理的背景
歯科心身症の原因は多岐にわたりますが、共通しているのは「心理社会的ストレス」が大きな要因であることです。具体的には、以下のような背景が関与することがあります。
- 長期間にわたる職場や家庭でのストレス
- 完璧主義的な性格傾向
- 過去のトラウマや心的外傷
- うつ病や不安障害の併発
- 痛みや違和感に対する過剰な注意や恐怖
このような背景がある場合、痛みや違和感に対する感受性が高まり、脳が「実際にはない痛み」を感じてしまうことがあります。これは決して「気のせい」ではなく、脳の働きによる「本物の痛み」なのです。

診断の難しさ
歯科心身症の診断は非常に難しいとされています。なぜなら、一般的な歯科検査では異常が見つからないことが多いため、見逃されやすいのです。
そのため、診断には次のようなステップが必要になります。
- 詳細な問診:いつから、どのような状況で症状が始まったか、精神的ストレスの有無など
- 口腔内の詳細な検査:虫歯、歯周病、顎関節などの異常がないかを確認
- 心理テストや面接:必要に応じて心理士や精神科医と連携し、心理的背景を評価
このように、身体面と心理面の両面からアプローチする必要があり、歯科医と心療内科医の連携が重要です。
治療法とそのポイント
歯科心身症の治療は、通常の歯科治療だけでは改善しません。心と体の両面にアプローチする「心身医学的治療」が必要です。以下に代表的な治療法を紹介します。
1. 認知行動療法(CBT)
自分の考え方や感じ方、行動のパターンを見直し、症状への過度な不安や注意を減らしていく心理療法です。痛みに対する捉え方が変わることで、実際の痛みも軽減することがあります。
2. 薬物療法
抗うつ薬や抗不安薬が処方されることがあります。これらの薬は痛みの感受性を和らげる効果もあるため、歯科心身症の症状にも有効です。ただし、副作用などもあるため、医師との相談が不可欠です。
3. リラクセーション法
ヨガ、深呼吸、マインドフルネス瞑想など、リラックスを促す方法が効果的です。自律神経のバランスを整えることで、痛みや不快感の軽減につながることがあります。

4. 患者教育と共感的対応
「原因がないからといって、症状が存在しないわけではない」ということを、医師が理解し、丁寧に説明することが何より重要です。患者が「理解されている」と感じることで、心理的負担は大きく軽減されます。
まとめ
歯科心身症は、目に見える病気ではありませんが、患者本人にとっては非常につらく、深刻な問題です。心理的な要因が体に影響を与えるという心身一如の考え方が求められる現代において、この分野の理解はますます重要になっています。
もし、「原因がわからない歯の痛み」や「舌の違和感」「噛み合わせへの強い違和感」などに悩まされている方は、一度「歯科心身症」という可能性を疑ってみてもよいかもしれません。そして、信頼できる医師とともに、心と体の両面からアプローチすることで、きっと改善の道が開けるはずです。