―安心して治るために知っておきたい大切なポイント―
「歯を抜いた後は、なぜ抗生物質を飲まないといけないのですか?」
多くの患者さんが抱く疑問です。
確かに、抜歯そのものは短時間で終わることも多く、傷も小さく見えるかもしれません。
しかし、抜歯とは“外科手術”であり、口の中という特殊な環境で行われます。抜歯後のトラブルを防ぎ、スムーズな治癒を促すために、抗生物質の役割はとても重要です。
本記事では、抜歯後の抗生物質が必要な理由を、歯科医師の視点から患者さん向けに丁寧に解説します。
■ 抜歯は「きれいな手術」ではない
抜歯は、虫歯や歯周病で大きくダメージを受けた歯、あるいは根尖病巣(歯の根の先にできた膿の袋)がある歯を除去する処置です。
特に根尖病巣がある歯は、歯の周囲に細菌が増えている状態です。この細菌が抜歯後の穴(抜歯窩)に残存すると、術後感染や腫れ、痛みの原因になってしまいます。
また、口腔内はもともと細菌数が非常に多い環境です。どんなに丁寧に処置しても、無菌状態で抜歯を行うことは不可能です。
だからこそ、術後に細菌の活動を抑えるために抗生物質が必要なのです。

■ 抜歯後の傷はどう治る?抗生物質が必要な理由を理解するポイント
抜歯後の治り方を知ると、抗生物質の役割がよりはっきり理解できます。
① 抜歯窩に「血餅(けっぺい)」ができる
抜歯した直後、穴には血が溜まり、やがてゼリー状の塊になります。この血の塊が 血餅 で、傷を守る天然の“ふた”です。
血餅がしっかりと安定すると、食べ物や細菌の侵入を防ぎ、正常な治癒が進みます。
もし血餅が取れてしまうと、有名な ドライソケット になり、激痛が数日続くことがあります。
血餅を守るためにも、感染を防ぎ、炎症を抑える抗生物質は有効です。



② 上皮(歯ぐき)が表面を覆っていく
血餅の上から数日かけて上皮が伸び、抜歯窩を少しずつ覆っていきます。
上皮は細菌に弱いため、細菌が増えると炎症を起こしたり、上皮の成長が妨げられたりします。
抗生物質は細菌の増殖を抑え、上皮が正常に伸びていくための環境づくりに役立ちます。

③ 骨が再生し、完全治癒へ
表面の上皮が閉じても、内部はまだ回復途中です。
一般的に、抜歯後の内部の骨がある程度戻るまでには数ヶ月かかります。
この 治癒期間 の初期に感染が起こると、治りが遅くなったり、腫れが繰り返されたり、骨の回復が悪くなることがあります。
特に以下の場合は感染リスクが高く、抗生物質が必要になります:
- 根尖病巣があった歯の抜歯
- 親知らずなどの難抜歯
- 高齢者
- 糖尿病や免疫力が低下している患者
- 喫煙者
- 歯周病が重度の患者


■ では、どんな抗生物質を飲むのか?
歯科では、一般的に以下のようなものがよく使われます。
- AMPC(アモキシシリン)
- CLDM(クリンダマイシン)
- AZM(アジスロマイシン) など
最近では、歯科用抗生物質の服用管理をサポートするアプリ 「perico」 を利用して、飲み忘れを防ぐ患者さんも増えています。
薬は決められた量・期間、しっかり飲み切ることが大切です。
■ 抗生物質を飲まないとどうなる?
抗生物質を自己判断で飲まない、途中でやめる……
これらはトラブルの元となります。
具体的には:
- 抜歯後の感染(腫れ・痛み・膿)
- 治癒期間の延長
- 発熱
- ドライソケット発症のリスク増加
- 骨の治りが遅れる
などの問題が起こる可能性があります。
抗生物質は「痛み止め」ではなく「感染を防ぐ薬」です。
症状が落ち着いていても、医師の指示通りに飲み切ることがとても重要です。

■ まとめ:抜歯後の抗生物質は“治りを確実にするための保険”
抜歯は日常的な処置ですが、口腔内の細菌環境を考えると、術後の感染リスクは常に存在します。
抗生物質の服用には以下のようなメリットがあります:
- 根尖病巣の細菌残存による炎症を抑える
- 血餅を安定させ、治癒をサポートする
- 上皮がスムーズに成長できる環境を整える
- 治癒期間を正常に保つ
- 術後のトラブルを未然に防ぐ
昭和の時代には抜歯で投薬をあまりしませんでしたが、確実にトラブルは今より多くありました。抜歯後にトラブルがあった場合に投薬をする、という時代だったようです。 現代ではリスクがあるのを分かっていて投薬をしないことは許されない時代になっております。
抜歯後に歯科医師から抗生物質が処方されたときは、「必要だから出されている」ということをぜひ覚えておいてください。
適切に薬を飲み、生活指導を守ることで、治癒はよりスムーズに進むことになります。






















