「歯を抜きたくない」「見た目が変わるのが嫌」「治療が怖い」──
そんな気持ちは誰にでもあるものです。
しかし、こうした感情が引き金となり、もっと深刻な病気を招いてしまうことがあることをご存知でしょうか?
そのひとつが**顎骨骨髄壊死(がっこつこつずいえし)**という病気です。
これは、顎の骨が死んでしまい、痛み・腫れ・骨の露出・顔貌の変化・発熱・全身症状など、日常生活を大きく損なう深刻な状態に至るものです。
本記事では、**「歯を抜かずに放置したことが原因で起きる顎骨骨髄壊死」**という現実に焦点を当てて、なぜ「治療の先延ばし」が命取りになりかねないのかを解説します。
顎骨骨髄壊死とは?
顎骨骨髄壊死とは、顎の骨が血流障害などを背景に壊死し、骨組織が死んでしまう病態です。
壊死した骨は回復せず、感染が広がれば膿がたまり、皮膚や粘膜から骨が露出し、顎骨の一部が脱落したり、手術で切除しなければならなくなることもあります。
特に問題なのは、感染源となる歯を放置しているケース。
例えば、虫歯や歯周病で重度の炎症を起こしている歯を「抜きたくないから」という理由でそのままにしていると、感染が顎の骨髄まで広がり、壊死が始まることがあります。

実例でお示しします。上の写真の患者様の場合、向かって左下の奥歯に細菌が取り付いて炎症を起こしていました。その証拠に歯が植わっている骨が溶けて根っこの周りに黒い影が映っています。
治すことが不可能だったので抜歯をお勧めしましたが、「困っていない」という理由で処置を拒否されました。
(結果は後でお示しします)
「抜きたくない」気持ちが引き起こす悲劇
1. 抜歯を拒んだ結果、炎症が慢性化
ある中高年の男性。長年にわたり放置した虫歯が膿を持ち、何度も腫れや痛みを繰り返していました。歯科医師からは「早めに抜歯した方がよい」と言われたものの、「歯を失いたくない」という一心で治療を引き延ばし、抗生物質と消炎処置だけで乗り切ってきました。
ところが数ヶ月後、顎の痛みが激しくなり、口が開きにくくなり、ついには皮膚から膿が出てくるように。CT検査の結果、顎骨骨髄壊死と診断され、顎の一部を外科的に切除する手術が必要になったのです。
2. 「見た目」が気になって放置するリスク
歯を抜くと「見た目が悪くなる」と考え、抜歯を避ける方も多いです。特に前歯や奥歯で食事に支障が出ることを懸念する気持ちはよくわかります。
しかし、骨が壊死してしまえば、見た目どころの話ではありません。
顔が変形したり、顎が腫れあがって人前に出られなくなるなど、QOLは激減します。
それならば、早期に抜歯して義歯やインプラントなどで機能と見た目を補う方が、ずっと合理的なのです。
顎骨骨髄壊死の主な症状
以下のような症状が現れる場合、すでに病気が進行している可能性があります。
- 顎の骨が口の中に露出している
- 顎の痛み、腫れ、しびれ
- 排膿や口臭、違和感
- 発熱や全身のだるさ
- 顎の骨がポロポロと崩れるような感覚
- 口が開けにくい、飲食がしづらい
こうした症状がある方は、すぐに歯科口腔外科を受診すべきです。
顎骨骨髄壊死がもたらすQOL低下
一度発症してしまうと、生活の質は急激に落ち込みます。
- 会話や食事が困難に
- 顔の変形による精神的ダメージ
- 治療に長期間かかる(数ヶ月〜数年)
- 複数回の手術が必要になることも
- 医療費・通院の負担増
そして、再建手術をしても元の状態に完全には戻れない場合が多く、社会復帰にも大きな影響を及ぼします。

先ほどの症例の数年後です。感染元となった歯も失っていますがその付近の顎の骨が極端に薄くなっているのが確認できます。
患者様のお話では「ある日、下あごから歯が生えてきた。そう思ったら間もなく消しゴムくらいの骨の塊が出てきて抜け落ちた。その時に歯も抜け落ちた」とのことでした。
骨が無くなってしまったので入れ歯を支えることができず、非常に苦労している、とのことでした。
あの時抜いておけば、骨はこれほど痩せず、入れ歯で苦労するこのもないのに、と思った次第です。
顎骨骨髄壊死を防ぐためにできること
1. 感染源は早期に処置する勇気を
「歯を抜くのが怖い」「失いたくない」──その気持ちは痛いほど分かります。
でも、命や顔の形を失ってからでは遅いのです。
歯科医師が抜歯を勧めるのは、最後の手段であることがほとんど。
感染を広げないための、医学的に妥当な判断なのです。
2. セカンドオピニオンを活用する
どうしても納得できない場合は、他の医師に意見を求めるのもひとつの手段。
歯を残せる可能性があるなら、再生療法や根管治療などの選択肢もあるかもしれません。
3. 定期的な口腔ケアと早期受診
虫歯や歯周病を早期に発見・治療することで、そもそも抜歯に至るリスクを減らすことができます。
特に、高齢者や基礎疾患を持つ方は、半年ごとの定期健診が理想です。
まとめ:抜歯は「最悪の選択」ではない
「歯を抜く」という選択は、決して“敗北”ではありません。
むしろ、**命と健康を守る“前向きな決断”**です。
顎骨骨髄壊死は、見えないところで静かに進行し、取り返しのつかないダメージを残す病気です。
「抜かない選択」が、かえって骨を失い、顔を変え、人生を変えてしまう結果にもなりかねません。
あなたの健康を守るためにも、感染源となっている歯は早めに処置しましょう。
たった1本の歯が、あなたの人生を左右するかもしれないのです。


※この記事は医療機関の診断や治療を代替するものではありません。症状がある方は、速やかに専門医を受診してください。