治せない歯を放置するリスクを知っておきましょう
「先生、今日は抜かなくていいです。今度痛くなったらそのとき抜いてください」
歯科医院でよく耳にする言葉です。
患者さんにとって、「歯を抜く」というのはどうしても避けたい出来事。できることなら、ずっと自分の歯を残しておきたいという気持ちは、私たち歯科医師にもよく理解できます。
しかし、「治せない歯を残しておくこと」には、見過ごせないリスクがあるのです。今回は、抜歯が必要と診断された歯をそのままにしておくことで、どんな問題が起こりうるのかを解説していきます。
「抜かないまま放置」された歯が招く3つの大きなリスク
1. 急性の炎症による激しい痛みや腫れ、発熱
治療ができないほど進行した虫歯や、重度の歯周病にかかった歯をそのまま放置すると、歯の根の周りに膿(うみ)が溜まったり、細菌が周囲の組織に広がったりすることがあります。
この状態になると、
- 突然の激痛
- 頬や顎の腫れ
- 高熱(38度以上)
など、日常生活に支障が出るような症状が急に起こることがあります。これを「急性化」と呼びます。
多くの場合、炎症が強くなってからではすぐに抜歯ができず、まずは抗生剤で炎症を抑えてからでないと治療ができないこともあります。つまり、「今度痛くなったら抜いてください」と思っていても、その「今度」が来たときには、簡単に治療できない状況になっていることもあるのです。

2. 炎症が顎や顔全体に広がる「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」
口の中の細菌は、条件がそろうと一気に広がることがあります。中でも怖いのが「蜂窩織炎」という状態です。
これは、歯や歯ぐきから侵入した細菌が、顎や顔面の皮下組織にまで広がってしまう病気で、次のような症状を引き起こします。
- 顔全体や首までの腫れ
- 嚥下(飲み込み)の困難
- 呼吸のしづらさ
- 全身の倦怠感や高熱
重症の場合、入院が必要になったり、点滴で抗生剤を投与したり、場合によっては外科的に膿を出す処置が必要になります。命に関わるケースも報告されており、決して「ただの歯の問題」では済まされない状態なのです。

3. 顎の骨が壊死する「顎骨骨髄炎」や「薬剤性顎骨壊死」
もうひとつ、見過ごせないのが「**顎の骨が壊死(えし)してしまう」**という合併症です。
歯の根の周囲で慢性的な炎症が続くと、顎の骨にまで炎症が波及し、「顎骨骨髄炎(がっこつこつずいえん)」という状態になります。この病気は、骨の中に細菌が入り込んでしまうもので、治療には長期の抗菌薬投与や、壊死した骨の切除などが必要になることもあります。
また、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)やがん治療に使われる薬(ビスフォスフォネート製剤や抗RANKL抗体)を服用している方の場合、歯を抜かずに放置していた歯が原因で「薬剤性顎骨壊死」になることもあります。
この状態になると、骨が露出したまま治らず、痛みや感染が続くなど、非常に厄介です。そうなる前に「炎症の原因となっている歯は早めに処置する」ことが非常に大切になります。

「残す勇気」よりも「抜く勇気」が必要なときがある
もちろん、歯を抜くという判断は簡単なことではありません。
しかし、残すことで未来に大きな苦しみを引き起こす可能性があるとすれば、それは本当に患者さんのためになる選択でしょうか?
私たち歯科医師は、できるだけ歯を残す努力をします。しかし、それが不可能な場合は、「今は症状がないけれども、放置することで深刻な問題を引き起こす」と判断したときに、抜歯を提案します。
「抜きましょう」と言われたとき、それは患者さんを守るための提案であるということを、どうか知っておいてください。
まとめ:その歯は「爆弾」かもしれません
症状のない「治せない歯」は、言い換えれば「火薬を抱えたままの爆弾」のようなものです。いつ爆発するかはわかりませんが、爆発したときの被害は計り知れない。
- 強い痛みと腫れに悩まされる
- 高熱が出て日常生活が送れなくなる
- 入院して抗生剤の点滴治療が必要になる
- 顎の骨が壊死して長期にわたる治療が必要になる
こうしたリスクを未然に防ぐためには、「抜く勇気」が必要なときがあります。
「次に痛くなったら…」ではなく、「今、治療すべきかどうか」を一緒に考える姿勢が、健康な未来への第一歩になるのです。
「その歯、残しておいて大丈夫ですか?」
もし気になる歯がある、抜いた方が良いと言われたけれど迷っているという方は、どうか早めに歯科医院でご相談ください。あなたの体を守る最善の選択を、一緒に見つけていきましょう。